鑁阿寺は両毛線「足利駅」から徒歩10分ほどのところにある。正式には「金剛山 仁王院 法華坊 鑁阿寺」と称し、800年を超えて法灯を守り続けている真言宗の古刹である。もともとは足利氏の居館であったところを足利氏2代吉兼が持仏の大日如来を奉納した持仏堂がはじまり。その後吉兼の三男義氏(3代当主)が伽藍を整備し足利氏の氏寺とした。

もともとが居館だったから境内の周囲は土塁と濠が巡らされており、四方に門が置かれている。南門に当たる門が山門(楼門形式・仁王門)になっている。

濠に架かる太鼓橋を渡って山門へ入るのだが橋詰と山門の間はいたって狭い。山門には切妻造りの瓦屋根が載り、濠の外から正面を見ると山門に向拝が設えてあるように見える。山門を潜るとほぼ正面に2013年、国宝に指定された本堂が聳立している。創建当初の本堂は焼失したが尊氏の父、貞氏によって禅宗様式を取り入れ再建、現在に至っている

40,000uに及ぶ広大な境内の建物群はいかにも勃興してきた武士階級の勢いを示すような剛健の雰囲気を今でも漂わせている。

山門の扁額は見にくい。太鼓橋の屋根が邪魔をしている。真言宗智山派総本山、京都の智積院第10世化主専戒師の筆による。宝永年間は高千穂峰、浅間山の噴火、東北、近畿での大地震が発生するなど自然災害が頻発した時代でもあり、もしかすると多くの庶民がこの扁額の下を潜りながらお参りをしたのかもしれない。

『扁額』広辞苑によると「門戸、室内などにかけられる細長い額」とある。また国語大辞典には「室内や門戸に掛けられる横長の額」と説明されている。
『扁』は「戸」と「冊」の会意文字で「冊」は古来中国で、天子が皇太子や皇妃等を立てる時や諸侯に封禄や爵位を授ける時に賜った詔をいい、更に「かきつけ」の意味もあるそうだから、何も細長くなくても、横でなくてもいいだろうと、多少牽強付会の謗りも受けようが、私は勝手に解釈している。
「扁額」は掛けられている建物の名であったり、山号、寺号、経典の中の教えなど寺院全体を表わす言葉が多い。日本の「扁額」はお寺の額字に始まり、朝廷から正式に認められた寺には「勅額」が与えれ、「定額寺」と特別に称された。
最初に文書として残るのは「続日本紀」の天平勝宝元(749)年だそうだ。聖武天皇が薨去され、光明皇后との間に生まれた阿倍内親王が女帝、孝謙天皇として即位した年である。年表によれば「三宝の奴」として東大寺大仏を礼拝し、大安寺以下12寺に墾田地を授けている。孫引きである。「元興寺と大安寺の東西南北の門には、その寺の4つの名称が書かれた扁額が掛けられた」と・・・。

お寺の門を潜るとき、ちょっと見上げると扁額がある。本堂にも掛けられている。或は他のお堂にも・・・お寺には扁額が多い。

勅額に出会うことは少ないが、揮毫したした人たちの分野は広い。本山などの高僧、名僧、或は書家であったり文化人であったり。時には政治家も。もちろんそのお寺の住職も。
「下手な字だな」なんて思ってよく見るとその道の大家だったりして・・・面白いものだ。

 横道にそれる。新潟にヘギ蕎麦というのがある。ふのりを練りこんだそばを長方形の器に載せて出してくれる。美味である。この「ヘギ」、もしかすると「扁」に通じるのか。これも牽強付会の類いだろうか。

「扁額漫歩」、扁額に目をやり、ご朱印を頂戴し、境内に咲く季節の花を愛でる。

仏教については無知そのもの。「門前の小僧 習わぬ経を読む」の喩え。そう遠くない時期に三途の川の傍で脱衣婆と会うはずだ。その時に邪険にされぬよう蝸牛のごとき歩みでも少しは覚えめでたくと思っている。

 kenkenと称して近くのお寺を徘徊している。特に系統だって訪れることはない。できれば花が咲いているときがいい。何度も同じお寺に訪れる。お坊さんと或は奥様と。時には訪れた人との一期一会の縁を楽しみにしながら。

さて、明日はどんな縁が待っているだろうか・・・。


 
妙隆寺 酔芙蓉  神奈川県鎌倉市
茂林寺   /狸  群馬県館林市
満願寺 秋海棠  栃木市出流町
慈眼寺 紫陽花  さいたま市西区
寛永寺 東京都台東区
法善寺 埼玉県長瀞町
清雲寺 埼玉県秩父市
麟祥院 椿 東京都文京区
遊行寺 菖蒲 神奈川県藤沢市
成就院 埼玉県行田市
妙法寺 鷺草 東京都世田谷区
常楽寺 彼岸花 群馬県太田市
吉祥寺  黄葉 埼玉県さいたま市緑区
泰寧寺 紫陽花 群馬県みなかみ町
唐招提寺 奈良県奈良市
海臧寺 神奈川県鎌倉市
 西新井大師 牡丹 東京都足立区

本堂(国宝 正安元年(1299)創建 その後100年後に改修)

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仁王門(山門)

Kenken's

扁額漫歩
足利・鑁阿寺(ばんなじ)山門扁額

お寺の扁額と花の世界

応仁の乱(1467〜1477年)によって焼失しが、15世紀末に再建され、平成15年(2003)に解体修理がされた。

2018年8月14日更新しました

家の門或は玄関に表札がかかっています
庭に或は部屋の中にその折々の花が彩を添えています
お寺にも山門或は本堂に扁額という表札がかかっています
境内にはその季節の花が咲き 訪れる人の目を楽しませてくれます
日常以上旅未満 お寺を漫歩しながら扁額を 花を記憶にとどめます

鎌倉・妙隆寺を追加しました

2018年 夏

Kenken

山門扁額 (「金剛山」 宝永4年(1707) 智積院10世専戒師筆)

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