「金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に」

この歌を知ったのは中学生だったか、高校生だったか・・・。どちらにしても既に半世紀も前のこと。その歳月の流れの中にありながらも記憶の底に沈むことなく時折浮かび上がってくるのは金と銀、夕陽の赤と鮮やかな色彩を伴って情景が眼前に浮かび上がってくるとともに、どこからか耽美な香りが漂ってくるからだろうか。

JR浦和駅から国道463号線を行くバスの「緑区役所入口」で下車し数分歩くと石柱門がある。石柱門の正面に立つとまっすぐにイエローカーペットが山門まで敷き詰められている。それは息を呑むような驚きを与えてくれた。しばし佇む。

天台宗の別格本山、宝珠山吉祥寺は静かだ。日の暮れの足を速めはじめた晩秋の季節に訪れる人は少ないようだ。参道に足を踏み入れると車の音も聞こえない。銀杏並木に雲間から顔を出す陽の光が当り、銀杏の葉が金色に輝く。柔らかいカーペットを踏みしめながら山門に近づく。こじんまりした茅葺の山門の前で一礼。正面に本堂を見る。寄棟造りの本堂は大棟に菊紋を載せ質実な佇まいが静寂を際立たせる。振り向くと本堂脇のもみじの木に最後の陽光が当り紅葉が真っ赤に染まっている。三橋鷹女の句が浮かぶ。

「この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉」

仰ぐほどの木ではない。それでも人気のない静かな境内の深紅のもみじ葉は鬼女の唇を思わせる不気味さを感じる。慌てて更に体を回す。目の中にイエローカーペットが飛び込んできた。相変わらずひと気はないがその明るさにほっとして本堂に改めて目を戻す。

「香厳場」と「元三大師」の扁額が軒下に掛けられている。

方丈だろう玄関でご朱印をいただきたいとお願いすると「ここではご朱印はいたしません」と素っ気ない返事がかえってきた。さらに扁額の書者を訊ねても「わかりません」の一言。何とも無愛想な応対だった。

陽がもう落ちて辺りは薄暗くなり始め、周囲の民家の屋根が薄橙色の夕空にシルエットを浮かび上がっている。

山門を出て、輝きの失せたイエローカーペットを再び踏みしめながら車の騒音の中に戻った。

小さき鳥も静かに眠るのだろうか。                                         2015.2.8記

本堂掲額(「元三大師」 富家?敬(履歴不詳)書

黄葉の寺

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宝珠山吉祥寺

宝珠山十輪院吉祥寺

所在 さいたま市緑区大字中尾1410

本尊 阿弥陀如来
宗派 天台宗
創建 (寺伝)平安時代前期
開山 (自伝)円仁(慈覚大師)

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二人の美しい歌人、俳人とともに

本堂扁額「香厳場」書者銘はあるが読めない。寺に訊いてもわからないとの事

創建年代についてはよくわからないようだが寺伝によれば天台第3代座主円仁が地蔵菩薩を安置して創建したと伝えられている。その後中興され阿弥陀仏を本尊とした。江戸時代には朱印状を授与され、天台宗の中心的寺院の一つだった

黄葉紅葉

山門(さいたま市指定文化財 薬医門。切妻造。茅葺。桁行5.90m、梁間1.68m。本柱・控柱をともに円柱とするなど薬医門としては意匠に特徴あり。市内最古の寺院建築の一つ。

本堂(寄棟造り、大棟に菊紋がある。慶応4年(1868)、彰義隊に護られた寛永寺門主、後の北白川宮能久親王   が身を寄せたという)