※最後の蓮花はインド蓮です

古代蓮とともに

kenken's

じょうじゅいん

ごちざん

五智山 成就院

古代蓮八態

三重塔扁額

(「補陀閣」書者不詳)

三重塔

(享保14(1729)年建立。総高11bで1間4b銅瓦棒葺 地元の大工の手による特色のある塔)

山門扁額

(「五智山」 次郎とある。どなたなのか)

所在 埼玉県行田市長野7618

宗派 真言宗智山派
本尊 不動明王
創建 天正年間(1573-1593)
開山 }宥阿闍梨(しょうゆうあじゃり)

(行田古代蓮の里)

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文化・文政期に編纂された「新編武蔵風土記稿」には
『長久寺末五智山と号す。天正年間僧}宥が草創する処なり。不動を本尊とす』と簡単に書かれている。
ここに享保14(1729)年に建立されたという三重塔がある。総高11.8b、塔内には忍城主阿部豊後守忠秋の帰依仏といわれる葉衣観音像が安置されている。

(院号 浩然書 当代ご住職か)

本堂扁額

 暑い7月下旬の午後、お願いした朱印帖を戻しながらご高齢のご住職が「今年はよく咲いたのですが、もう終わってしまいました」と申し訳なさそうにおっしゃる。そういえば境内にあった大きな甕に花托を残した蓮があったのを思い出した。

 行田市(埼玉県)にある真言宗智山派の五智山成就院を訪れるのはこれで3度目になる。総高11b余の小さな三重塔の佇まいが好ましく訪れてきている。
 「行田古代蓮の里」を覗いてから炎天下、歩くこと20分ほどだろうか、首を俯けるにはまだ若い緑の稲穂の波の奥に三重塔がほかの建物に挟まれて窮屈そうに佇立している。立ち止まりホッと一息を入れ、急ぎ足になる。
 山門を潜ると木陰がしばしの涼を恵んでくれた。人の気配はない。蝉の鳴き声さえ聞こえない。白い百日紅の花と山門脇の濃い橙色の鬼百合の数株が彩を添えている以外静かである。山門脇の古びたベンチに寝そべる。頭をめぐらすと先ほど見た三重塔が無言で私を見下ろしている。

 ここの行田ハスであれ、千葉で発見された大賀ハスであれ、或は中尊寺ハスにしても偶然と人の慈しみの中で永い眠りから目覚め、今私たちの眼前にその凛とした姿を見せてくれている。与謝野晶子が「睡蓮の花びらの先苦しくも少し尖れりわが心ほど」と詠っている。蓮の花も睡蓮と同じように花弁の先を尖らせ、夏の青空を截然と切り落としている。

 「蓮華」という。蓮も睡蓮も含めてその花を言うようだ。仏教にとって蓮華は深く関わっている。泥中に根を張り、汚れた中からあの美しい花を咲かせる姿が仏教の教えと一致するとされている。多くの仏様が蓮台に乗る。「南無妙法蓮華経」と法華経のお題目にもある。仏典にはいくつかの蓮華が登場する。白蓮華、紅蓮華、青蓮華、黄蓮華・・・・と。青、黄蓮華は睡蓮だともいう。
 仏様の持ち物でその仏様を象徴する三昧耶形(サンマヤギョウ)では聖観音は蓮華としている。千手観音を満開の蓮、開蓮華としているそうだ。仏師西村公朝師によればあの千手観音の多くの手に蓮の花を持つとおっしゃる。左手に白蓮華、紅蓮華を右手に青蓮華、紫蓮華を。

 仏教がお釈迦様によって提唱されてから2500年、そして東方にある行田で古代蓮が目覚めて2000年。連綿と続く仏教信仰と蓮の命がここ成就院静けさの中で重なったような錯覚さえ覚える。

 改めて 三重塔を仰ぐと「今度は「蓮の開花の時にお出で」と囁いてくれたような気がする。

                                                                                (2014.8.5記)

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古代蓮と成就院

山門

本堂

(平成11(1999)に改築)