満願寺の秋海棠

                   をクリックしてください

「秋海棠は丈の矮きに似ず葉のおほやうにて花のしほらしきものなり。たとへば貴ききはにあらぬ女の思ひのほかに心ざま寛やかにて、我はと思ひあがりたるさまも無く、人に越えたる美しさを具へたらんが如し。」と幸田露伴は書いている。(「花のいろいろ」より)多くの文人が愛し、歌に句にそして文を残している。晩い夏から秋にかけて、大きな葉に隠れるように俯き加減に慎ましやかに薄紅色の可憐な小さな花を付ける。陽の当たる明るいところより木洩れ日の中にそれでも明るすぎるとでもいうように咲いている。

「断腸花」という異名をもつ。

昔のこと。大変美しい女性がいた。その女性が恋をした。何ものにも代えがたいほど思慕した男性だった。毎日の逢瀬を楽しみにしていたが、その男性が故あって訪れて来ることができなくなってしまった。それを知らずに女性は待ち続けた。そして日毎に続く断腸の涙がいつしか凝って名も知らぬ草が生え、花の紅色が、その緑の葉に映ってまことに美しく、やさしく、ちょうどこの美しい女性にも似ているので、誰いうとなく断腸花と呼ぶようになった。』

中国の逸話である。

永井荷風が記した日記「断腸亭日乗」も荷風がこよなく愛した花からの命名と聞いている。

伊藤左千夫は朝顔と比べて

「朝顏は都の少女秋海棠は鄙の少女か秋海棠吾は」と詠み、野菊と共に愛したのだろう。

逸話にあるように中国原産。17世紀ごろに渡来している。草丈凡そ60㎝ほど。ハート形の葉は互生して、単性の花を咲かせる。

JR栃木駅から市営バスで山間の道を1時間ほど走る。8月末の暑さがまだ厳しく残る日に出かけた。

新義真言宗の古刹、出流山満願寺は奥之院を源とする出流川を抱くように建っている。山門を潜り、大御堂と呼ばれる本堂脇に奥之院への入口がある。

暑さは既に和らいでいる。出流川の瀬音が涼しさを届けてくれる。大きく砕いた石が階段状に敷かれている。道幅は狭い。手を伸ばせば届く緑に覆われた壁がほぼ垂直に立っている。その中に淡い紅色の秋海棠が僅かに首を下げたかのように咲いている。深い緑の陰に点けた淡い紅色は鮮やかさが際立っている。川の流れに逆らうように歩をゆっくり進める。いつの間にかそれまで左手を流れていた川が右にきていた。石仏が壁に張り付くように置かれそこに薄紅色が彩を添えている。川の流れは時に川底の岩を食むように白い飛沫をあげて急流する。時に岩を優しくなでるようにゆっくりと落ちていく。川べりに誰が積んだかケルンのように石積みにも秋海棠が優しく覆う。道は一層急な登りになる。花は道端に咲き続けている。踊り場に辿り着いた。目線の上に崖に張り付くように懸崖造りの奥之院が聳立している。高さ4㍍、下野の国司の奥方が子宝を授かりたいと籠もって懐妊、授かった子が勝道上人という伝説をもつ院には凡そ100段の急な石段を川の源流から落ちる大悲の滝を右手に、そして背に負いながら登りきると長い歳月によって形作られた鍾乳石が佇立している。ほの暗い中で見る姿は観音立像の後ろ姿を思わせる。思わず手を合わせて暫く佇みながらその背を眺めていた。

帰りは、断腸の涙か、秋海棠に見送られるように足が速くなる。

「山の木に霧ながれつつ渓のべにうすくれなゐの秋海棠の花」(古泉千樫)

秋の気配が里よりは早く訪れるのかなどと思いながら寺を後にした。

薬師堂扁額(「薬師堂」智山派61世化主竹村教智師筆)

薬師堂享保年間(1715)の建立)

kenken's

秋海棠の寺

秋海棠雑感

鐘楼(明治4年(1871)鐘楼、梵鐘とも失ったが100年後にユニークな佇まいで再建)

出流山 満願寺

出流山 満願寺(いずるさん まんがんじ)

今から1200余年前に修験の行者、役の小角によって鍾乳洞が発見され「観音の霊窟」といわれている。「奥之院」に当る鍾乳洞の入口には積年の石灰石の雫により積み上げられた鍾乳石の形が勝道上人の誕生伝説と相まって十一面観音立像に見立てられ、子授け、安産、子育てにご利益があると信仰されている。
また、扁額の筆者について問い合わせたところ古い資料が散逸して分からないとのことで、勝手な推量で筆者名を書いている。ご存知の方があったら教えてほしい。

所在 栃木市出流町288
宗派 真言宗智山派
本尊 千手観音像
(伝空海作)
創建 (伝)天平神護元年(765)
開基 (伝)勝道上人

    日光中禅寺を創建。現輪王寺、
      二荒山神社の創建に関わったと
      の伝承がある

坂東33霊場17番札所
 

後ろ向き十一面観音像(奥ノ院)

山門(仁王門)享保20年(1735)建立

奥之院高さ4mの懸崖造り 大悲の滝の脇の石段を100段余登る。鍾乳洞への入口で鍾乳石でできた十一面観音立像がある)

山門扁額 (「出流山」 静闈(?)筆)

大悲の滝(奥之院脇 高さ約8m。滝行が行われる

本堂(大御堂)(明和元年(1764)建立)

本堂扁額 (「観世音」 真言宗智山派16世化主 覚眼師?筆)